現地報告 6月29日

私の地元、足羽地区のエコ探検隊の皆さんから、檄文が届きました。
ありがとうございます。

昨日、釜から出した炭です。昨夜のバーベキューで使用しました。

6月29日

今日は暑い一日になりました。
暑くなると、こちらでは蠅がひどくなります。
特に避難所では大変そうです。暑いし、蠅は顔にとまるし、寝てられないと言っています。

7時00分
昨日、福井から佐々本さんと、林さん、日野岡さんが来ました。
薪プロジェクト関係です。
今日は、3人と打ち合わせです。
高田松原流木の処理をどうするのか、検討です。
あれだけの松を処理するには、かなり大掛かりな仕組みが必要です。悩みます。
しかし、何人かで話をするのはとても大切です。それなりに頭の中が整理できます。
福井だけで考えたり、現地で、一人だけで考えたりしても全くダメですね。
途中、山城運輸さんから電話がありました。
ミニユンボの移送をしてくれるとのことです。ありがたい連絡です。

8時30分
薪割現場に、大分の「山渓」さんから提供していただいた、タープを届けます。
今日は、日野岡さんが薪割作業をしてくれます。日よけが必要です。

薪プロジェクト現場に張ったタープ。

9時00分
鈴木旅館に戻ります。
ゴーヤに関して作戦を練ります。どうもチラシがおもしろくないです。
また、26カ所の仮設住宅に配布するのも、私一人では困難です。仮設住宅に日中に行っても、代表者はほとんどいませんし。
とにかく対応できません。
福井からは、7月2日に調査に来ますし、9日に設置作業にきます。
何とか形だけは作らないと。
9日には、12~13人が、ゴーヤの緑のカーテンを設置しに来ます。
一人が10カ所ぐらいということですので、120カ所ぐらいは注文が欲しいところです。
私の結論としては、広報に出してもらうこと、 希望者の周りに呼びかけてもらうこと、といった作戦を考えました。

10時00分
陸前高田市総合企画課に行きます。
広報紙に、ゴーヤ緑のカーテン希望者募集の案内を載せてもらいます。
明日発行の広報紙に掲載してくれそうです。この辺りは、柔軟です。感謝します。
広報紙掲載も、ヒマワリプロジェクト、越前和紙ウチワ作りに続き、3回目です。

10時20分
高田町法量のNさん宅に行きます。
ゴーヤ緑のカーテンの協力依頼です。Nさんの知り合いで仮設住宅に入った方に、チラシを配布してもらいます。
Nさんが協力してくれたら、9日に、福井のメンバーで出来なくても、それ以後でも対応できます。
また、陸前高田広報紙には、私の携帯番号と、ゴーヤ専用電話の携帯番号を記入しました。 ゴーヤ専用電話とは、ソフトバンクから提供された携帯電話です。
ゴーヤ専用電話をNさんに預けました。ゴーヤの設置依頼、問い合わせを受けてもらいます。
Nさんの娘さんにお願いしたかったのですが、お父さんが引き受けてくれました。
最近は、何から何までNさんにお願いしています。
申し訳ないです。
今度は、Nさんからの依頼です。
ダンプ組合が提供した、軽トラを使いたいとのこと。仮設入居が決まった人の引っ越しようです。まだ、名義変更は出来ていないのですが、引き渡します。
大急ぎ、鍵を事務所まで取りに戻りました。

11時00分
Nさんに軽トラの鍵を渡し、置いてある普門寺まで行きます。
仮設入居が次々と決まり、引っ越し作業です。Nさんはまだのようですが。
仮設住宅も、戸数は、1300戸になっています。

11時40分
米崎町高畑のOさん宅です。Oさん宅の物置を借りています。
高齢者介護用品を取りに行きました。押し車です。
広田町で、押し車が流されてしまった方がいるので必要ということです。その方は、まだ介護認定を受けていません。
あすなろホームのSさんが渡してくれることになっています。

12時00分
あすなろホームです。
押し車をSさんに預けます。
昼食です。カップ麺です。在庫処理ですね。
あすなろホームでも、越前和紙ウチワ作りが話題になります。東海新報の記事になったためです。
ここでも聞かれます。講師の後藤さんは、後藤さんの奥さんですか?
違います。
昼食後、Sさんと会話。
Sさんは、元学校の先生です。下矢作小学校にいました。
そのために、下矢作では、Sさんの教え子や、Sさんを知っているPTA役員がたくさんいます。その両方を知っていますので、話題について行けます。

13時20分
広田小学校です。
6月いっぱいで、チーム福井の介護、保健チームが完全に撤退します。
そのために、地元への引き継ぎ式がありました。私も参加です。
私は、第1次先遣隊からいましたので、活動経過報告をしました。
このような式典をしなければ行けないのも、大変だと思いますが、陸前高田での活動を振り返ることができたので、良かったです。
簡単に振り返ります。
3月15日、岩手県庁に入りました。
3月17日、陸前高田、大船渡に行きました。
3月18日、陸前高田で活動することを決定(正式ではないですね、勝手に決めました)
3月19日、陸前高田の災害対策本部2階で、ボランティア受付の支援開始。その時は、災害対策本部での物資仕分けと、高田一中での専門職ボランティアしかなかったです。
DoCoMoの携帯が通じた日です。
3月20日、災害ボランティアセンター立ち上げ。また、広田地区等へのニーズ調査。
3月21日、広田地区での活動開始。自主防災会議への参加。
3月22日、宅老所作りの活動開始。(広田地区では出来ませんでした)
3月25日、広田地区での介護専門職ボランティア活動スタート。
振り返ると、日替わりで様々なことを行っていますが、1日で、状況が大きく変わりました。
大きかったのは、東角さんの嗅覚、広田地区、保健師のSさん、普門寺、現在につながる活動の基礎を1日で作り上げました。実践で鍛えられたNPOならではの動きでした。

引き継ぎ式で、広田町から感謝状を受け取りました。

14時00分
米崎コミュニティセンターです。
薬をもらいに来ました。4種類の薬です。
1ヶ月分もいただいてしまいました。ありがとうございました。
1時間ぐらいかかりました。その間に昼寝もでき、ゆっくりとした時間を過ごせました。
医療スタッフの中心は、高田病院の方々になっています。
元に戻ってきています。良かったです。

15時10分
米崎町館のOさん宅です。
Oさんも、明日から仮設住宅に移るそうです。今日は、避難所最後の夕食だと言っています。今まで、3ヶ月間、夕食を作らなかったので、自分の家の味を忘れてしまったかな、と言っています。
とにかく良かったです。
お餅をご馳走になりました。明日引っ越しですので、軽トラダンプを貸しました。

15時50分
米崎町堂の前のKさんの畑と田んぼに行きます。
蕎麦の芽も出て、スクスク育っています。また、稲も大きくなっています。
両方とも、瓦礫を撤去した跡地です。植物は偉大なものです。

Kさんの蕎麦畑。順調に育っています。

これもKさんの田んぼ。自然栽培です。

16時30分
SAVE TAKATAの方々と、流木に関する打ち合わせです。
陸前高田出身者ですが、戻ってきて活動しています。
高田松原の流木を生かせないか考えているとのこと。こちらも、率直な悩みを話します。
様々な活用策が提案されますが、全てを足しても、流木が10本もあれば足りてしまいます。数万本の流木を処理するための方策が見いだせません。
地元の方ですので、松原に対する愛着も大きいですし、また、地元で活用するために真剣に考えてくれています。
今後も、協力しながら進めていきたいです。

がんばっぺし通行手形の試作品。これは、AID TAKATAの依頼品。

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