現地報告 6月13日

高田の一本松。
保存方法が悪いと指摘されています。

気仙大橋仮橋設置が進められています。
陸前高田のまちづくりは。

6月13日

快晴とはいかないものの、暑くもなく、寒くもなく、何とも言えない天気でした。
慌ただしい日が続くと、部屋兼事務所がバタバタになってしまいます。
また、流木に関して、全国の様々な方が動こうとしています。その窓口が、全て後藤になっています。陸前高田市に問い合わせると、全て私に回ってきます。
先週までは、ヒマワリは全て後藤でしたし。
落ち着いて事務仕事をする時間を取らないと整理できないのですが、元々整理能力が無いです。
こればかりは、手伝ってもらうこともできません。(鈴木旅館さんにはパソコン入力までしてもらっていますが)

5時00分
今日は早くから行動開始です。
高田一本松の写真撮影と、流木の集積状況を把握するためです。
45号線を通り、瓦礫集積場の中に入り、一本松の写真を撮ります。
また、ここは、最大の瓦礫集積場ですので、流木も大量に集まっています。
この流木も移していきたいのですが、重機がたくさん入っていますので、作業も困難です。
また、気仙大橋の仮橋建設も行われています。
気仙大橋は、45号線で気仙沼市につながる道路です。しかし、今回の津波で橋が流されてしまいました。同じ箇所に橋を再度架けることには、様々な異論があるのではないでしょうか。
震災以前の陸前高田市は、海沿いの45号線を中心に市街地が形成されていたようです。大船渡市、陸前高田市、気仙沼市を結ぶ、この道路が復旧することは重要なことです。しかし、今後の陸前高田のまちづくりが示されないままでので、どのような市街地を形成していくのか、見えないです。
その後、陸前高田市内の、集積場を見て回ります。
流木の集積状況です。高田町2カ所、小友町1カ所に集中しています。

一本松近くの集積場に集められている流木

7時00分
鈴木旅館に戻ります。
昨日、チーム福井代表の東門さんと、県会議員の仲倉さんが来ました。今日帰るのですが、簡単に打ち合わせをします。
東門さんたち、出発。

7時30分
東京からYさんが、介助用品を積んで登場です。
スロープや、歩行器など、今後仮設住宅で必要になる可能性のある介助用品の提供を受けました。東京の施設からです。ありがとうございました。

届けられた介助用品

8時30分
村上さん宅に行きます。
高田松原の流木から作ったストラップ等の試作品を借ります。
災害ボランティアセンターでの記念品に関して打ち合わせをするためです。

8時50分
山城運輸さんに行きました。
陸前高田市の支援物資を移転するための打ち合わせです。
JAの倉庫を借りているのですが、農産物の集荷が始まると言うことで、引っ越しをしなくてはならなくなりました。その管理を山城運輸さんがしています。
陸前高田市内では、もはや場所が無く、大船渡市の巨大テントに入れることになりました。
その移転のためのボランティアを、遠野まごころネットさんにお願いしたのですが(チーム福井に断れた活動です)、その詳細についての打ち合わせです。

9時30分
災害ボランティアセンターに行きました。
流木を使った、ボランティア記念品に関する打ち合わせです。
村上製材所で細かくカットしていただき、穴あけや紐通しを障がい者作業所で行うという形で進めます。
一度、価格的な見積もりが出た段階で、再度打ち合わせをします。
ボランティアセンターに来るのは久々です。

10時10分
米崎町でお借りしている倉庫に行きました。
介助用品を預けます。後で、長寿社会課にリストを持って行くために、写真を撮りました。

10時30分
米崎町館のOさん宅に行きます。
遠野まごころネットさん、自治労連さんが、ボランティアに入っていました。
遠野まごころネットの現場監督、Kさんと打ち合わせです。
山城運輸さんから依頼された、物資の移動と、米崎町地竹沢のYさん宅畑の、ヒマワリについてです。

10時50分
米崎町地竹沢のYさん宅に行きます。
ヒマワリの種の配達です。
瓦礫撤去が終わった畑に蒔きます。
大きな瓦礫は重機で取り除いたのですが、細かいものはまだ残っています。
細かいゴミを拾い、畑を耕し、ヒマワリの種を蒔く。
その一連の活動を、遠野まごころネットさんが担ってくれます。
畑には、まだ自動車が3台残っています。自動車の撤去に関しては、午後にでも市役所に相談に行きます。
Yさんから、なべ焼きをいただきました。
Yさんはりんご農家ですので、なべ焼きにはリンゴが入っていました。
なべ焼きをいただいたのは、昨日に引き続きです。陸前高田の人は、なべ焼きを日常的に作り、食べているのでしょうか。ごちそうさまでした。

リンゴ入りなべ焼き

11時10分
米崎町地竹沢の区長、Sさん宅に行きました。
Sさんは、高田松原を守る会の会長を務めている方です。
8月に福井県内での講演を依頼しました。
OKです。ありがとうございます。
Sさんは、津波後の海岸にハマナス等の花が咲き始めていることを語ってくれます。本当に自然が好きな方のようです。理科の先生だったそうですし。

11時50分
鈴木旅館に戻ります。
午後は、事務仕事をしたいです。
特に、議員時代の政務調査費の修正をしなくてはなりません。お金の返還がかかっています。
とりあえず昼食を取ります。カップ焼きそばです。それと、なべ焼き(リンゴ入り)。
しかし、食事を取ると、ものすごい睡魔が。
介助用品の写真リストを作り、しばしお昼寝です。
ダメです。動けなくなりそうです。

13時20分
とても、このまま事務仕事をする気にはなりません。
出発します。

13時40分
市役所建設課に来ました。
まずは、仮設住宅のスロープの件です。
以前、米崎小学校仮設住宅のスロープ設置を岩手県にお願いしていたのですが、いつ設置されるのか、連絡がありません。1週間たちます。
今度は、陸前高田市に交渉です。
調べていただくと、岩手県から陸前高田市の方に連絡が入っていました。
しかし、いつ設置されるのかは未定とのことです。
色々とあるのでしょうが、現に生活しているのですから、早急な対応をお願いしたいです。

13時50分
隣のプレハブに移動です。
このプレハブも建設課ですが、今度は、自動車の撤去依頼です。
米崎町地竹沢のYさん畑です。
自動車は所有者の関係から、移動、撤去は難しいと聞いていたのですが、あっさりとOKでした。
仮置き場に移動するとのこと。
木曜日に、ヒマワリのタネっこまくべえ、その前に撤去して欲しいと要望しましたが、来週早々でとの回答。無理も言えず了解です。

14時10分
長寿社会課です。
こちらは、新しくできた庁舎です。建設課のプレハブとは少し離れています。
いつもお世話になっているSさんは外出中でした。
東京から送られてきた、介助用品リストを渡していただきます。

14時30分
米崎町のOさん宅です。
自治労連さんや、遠野まごころネットさんが活動している現場です。
Oさんから、別件で、土の撤去を依頼されていました。
軽トラダンプが久々の活動です。
土嚢袋から軽トラダンプに土を移し替え、瓦礫の集積場に運び込みます。
Oさんから、瓦礫の中から出てきた、幻になるであろうお酒、酔仙をいただきました。
米崎周辺では、海上での捜索が行われています。
ヘリが飛び交い、海上自衛隊、保安庁のボートが出ています。

ヘリコプターからの捜索

ボートでの捜索

16時00分
堂の前中央会館に行きました。
Kさんが窓口になり、長野県から蕎麦グループが炊き出しに来ています。
村上さん宅での宿泊の件と、kれからのスケジュールに関して打ち合わせです。

蕎麦グループ登場

17時00分
鈴木旅館に戻ります。
今夜は忙しいです。ブログ更新を進めます。
雷が鳴り、大雨です。蕎麦炊き出し大変そうです。

18時40分
堂の前中央会館に再度いきます。
天ぷら蕎麦をいただきました。

天ぷら蕎麦をいただきました。ごちそうさまでした。

19時30分
村上さん宅です。
自治労連のIさんもいます。
流木関係の打ち合わせをします。
今日は、かなりの電話を受けました。
京都のある大学からは、流木で仏像を作り、供養をしたいとのこと。
埼玉の書家からは、大きな板にして、作品を仕上げ、陸前高田市に寄贈したいとのこと。
福岡県の森林組合は、重機とチェーンソー、炭焼き機を持ち込み、協力したいとのこと。
そのほかにも、カスタネットにする話など、赤松の薪で陶芸をするなど、様々です。
薪プロジェクトではなく、高田松原復興、流木有効活用プロジェクトとして動いていきます。
ありがたいことに、陸前高田市に各地から相談の電話が入ると、「全て福井の後藤に任せている」、という回答をしているようです。責任重大です。
流木打ち合わせの後は、居酒屋・隠居の開店です。
隠居というのは、村上さん宅の屋号です。
ブログ更新は翌日になりそうです。

※鯖江のKさんからメールをいただきました。
昨日のブログに載せた味噌は、「なんば味噌」という名称でした。

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